今回は、JFL(日本フットボールリーグ)や全国高校サッカー選手権大会、高円宮杯 JFA U‐18サッカープレミアリーグなど、数々の全国の舞台で『1級審判員』として活躍する宇田川 恭弘氏に話を聞いた。
「一番の特等席から選手たちのプレーを感じることが出来る。それが審判としての喜びです」。そう話してくれた宇田川氏は「選手たちと同じピッチに立ちたい」という想いから、審判としてのキャリアをスタートさせた。そして、2級審判員資格を取得した翌年2015年に『トップレフェリーを養成する』という趣旨のもと日本サッカー協会が立ち上げた『JFA レフェリーカレッジ』に入学。2年間の”短期間かつ集中型”のカリキュラムを経て、1級審判員へと昇格した。
ハイスピードな展開を繰り広げるサッカーの試合。宇田川氏はどのような意識でピッチに立ち、試合をコントロールしようとするのだろうか。審判としての心がけの中に潜む価値観を伺っていこうと思う。
東京オリンピックへの招致を知り、立てた行動計画
ーーサッカー審判員を目指したきっかけを教えてください。
宇田川:「小学生からサッカーを始めました。その頃はプロのサッカー選手になることが目標でしたが、年齢を重ねるごとに徐々に現実が見え始め、プロになることは難しいと感じるようになりました。そこで、自分の大好きなサッカーに携わる方法はないかと模索した結果、サッカー審判という仕事に辿り着きました」
ーー様々な携わり方があるなかで、なぜ審判を選択されたのでしょうか。
宇田川:「当初は選手たちを身体的な側面から支えるトレーナーや、試合などといったスポーツイベントを支える運営者などの分野も視野に入れ、サッカーに携わる方法を模索しました。また、選手たちと共にピッチに立つ指導者の世界にも興味を持っていました。しかし、その中でも僕は『サッカー審判』という道に最も魅力を感じました。僕は現役時代にGKをしていたのですが、練習試合などで自分の出番が終わったあと、よく審判を任されていました。本来であれば、いわゆる面倒くさい仕事を任されていた訳で、嫌な気持ちになってもおかしくないのですが、不思議と嫌な気持ちには一切ならず、楽しんでいる自分さえいました。そういった過去の記憶を辿ったうえでも、審判としてならやっていけるという想いがあり、審判の道を選択しました」
ーーその後、審判としてのステップアップを順調に遂げられた宇田川氏(※2016年に1級審判員資格を取得)ですが、そこにはどのような計画とアクションがあったのでしょうか。
宇田川:「当時、2020年オリンピックの開催地として東京が立候補すると知りました。当時はまだ審判の世界に足を踏み入れたばかりということもあり、今から行動すれば審判として東京オリンピックに携わることが出来るのではないかと考え、そこから目標を立てたんです。しかし、登る前までは『そこまで高い山ではない』と感じていた山も、いざ登り始めるとものすごく高い山であり、かなりのハイスピードで階段を駆け上がっていく必要性があることを知りました。そこで2級審判員資格を取得した翌年の2015年にJFAレフェリーカレッジに入学することを決断しました」
ーーJFAレフェリーカレッジでは、どのような学びがありましたか。
宇田川:「レフェリーカレッジでは審判としてのスキルはもちろんのこと、『審判たるもの、人間力を鍛えるべき』という価値観を教わることが出来ました。2年間という短期間でトップレフェリーに必要な要素たちを学ぼうとするので、カリキュラムの量も膨大ですし、平日の仕事と両立しなくてはいけないので、『自分を律する力』が問われてきます。平日は仕事に励みながらも、土日を通してカリキュラムを消化する。もちろん土日だけではなく、提出しなくてはいけない課題もたくさんあるので、ゆっくり出来る時間はほとんどありませんでしたが、そういった過程を通して『人間力』を養うことが出来ました。サッカー審判は、選手たちと共に一つの試合を作りあげます。そして、その為には選手たちからの信頼を得ないといけないので、人間力が必要になってくるということです」
「根拠のない自信ではあったが、そのチャンスに身を投じて良かった」。そう話す宇田川氏はJFAレフェリーカレッジでの並外れた努力を経て2016年に1級審判員資格を取得。その後はサッカー審判としての活躍の場を更に広げ、自身のステップアップと共に、担当する試合のレベルも一つずつ駆け上っていくことになったーー。
サッカー審判にとっての「すべてを出し切る」とは
ーーこれまでの審判キャリアのなかで最も記憶に残る試合はありますか。
宇田川:「2019年の全国地域チャンピオンズリーグ(JFL昇格をかけた大会)の高知ユナイテッドSC(現JFL所属) VS いわきFC(現JFL所属)の一戦です」
ーーなぜその試合が記憶に残っているのでしょうか。
宇田川:「審判は常に反省点と向き合わなくてはいけなく、100点満点を叩きだすことが難しい仕事でもあります。たとえば、プレーする選手たちでしたら、前半開始早々に失点に繋がるようなミスを犯したとしても、その後チームに貢献出来れば、低い可能性ながら名誉挽回が可能です。しかし、審判の場合は試合の勝敗を左右するようなミスジャッジを犯してしまったら、その後、そのミスはずっと付きまとうことになります。そういったことを踏まえたうえでも、その試合に関しては当時の僕が持っている全ての力を出し切った自負がありました」
ーー審判としての「すべてを出し切る」とは、どのような状態を指すのでしょうか。
宇田川:「色々な要素がありますが、『選手の邪魔をしない』という要素もそこに含まれると思います。選手たちが一生懸命にプレーするなかで、笛ばかり吹いても円滑な試合運びの妨げになりますし、かといって、笛を吹くことでラフプレーを牽制をしなければ、負傷者を続出させてしまう可能性だってある。その間を取るようなバランスの取れたジャッジを適材適所で発揮することが重要です」
ーーその為にはどのような意識でピッチに立ち、どのようにして試合をコントロールしようとするのでしょうか。
宇田川:「フラットな視点を持って丁寧にジャッジすることを心がけます。たとえば、我々は担当する試合が決まれば事前に試合映像を見て分析をしたり、選手たちの累積情報やプレースタイルや性格まで、様々な情報を収集します。しかし、この事前情報はただの情報であって、その情報だけで選手たちを判断することはとても危険です。つまり、先入観はフラットなジャッジをするうえで邪魔になってしまいます。そういった意味でも、情報と先入観を明確に区別したうえで、ミスを侵さないことも審判にとっての『全てを出し切ること』に繋がりますね」
ーーなるほど。では、それらインプットした事前情報はどのような状況で役立つのでしょうか。
宇田川:「レベルが高くなれば高くなるほどプレースピードは各段に早くなります。そのうえで審判はそのスピードに付いていかなくてはいけないのですが、選手たちは日々のトレーニングで身体能力を鍛えているので、追いつくことはほとんど出来ません。ましてや、ボールスピードは人間よりも遙に早い。だからこそ、予めインプットした事前情報を一つの判断材料とし、選手たちのプレーの二手三手先を読む必要があるのです。そうして『説得力のあるポジション』に立つことが出来れば、選手たちはジャッジに対して納得してくれますし、そういった積み重ねが選手たちとの信頼に繋がるのかもしれません」
ーーなるほど。選手たちとの信頼ですか。
宇田川:「試合が終わった後、特に敗戦チームの選手から『ありがとう』と言われた時は審判としてのやりがいと信頼を感じます。敗戦チームは試合に負けたことが悔しいので、そういった所まで気が回らないということもあり得るのですが、そういった選手たちから声をかけられると嬉しい気持ちになりますし、素晴らしい選手たちだなと、応援したい気持ちにもなります」
ルールを理解しサッカーを理解する。その先に更なる一体感が待っている
ーー近年のサッカー審判を取り巻く環境についてはどのように捉えていますか。
宇田川:「多くのメディアが審判に対する発信をしてくれているおかげで、審判に対する関心が高まっていることを感じますし、非常に良い傾向だと思います。たとえば、ラグビーの話になりますが、2019年ラグビーワールドカップでは、場内放送やテレビ放送で一つ一つのジャッジに対するルール解説を行っていました。試合を観戦しているファンの方々に、よりラグビーを理解してもらい、楽しんでもらおうという取り組みです。そのような取り組みがあったからこそ、その後の日本ラグビーは大きな成長と盛り上がりを見せることが出来ました。そういった意味でもピッチにいる選手や審判だけがルールを理解し合うのではなく、サッカーを見ている全ての人たちがルールを理解し、サッカーを理解する。その先に、更なる『一体感』が待っているのではないかと感じます」
ーーその「一体感」が醸成されたとき、審判としてのやりがいを強く感じるのではないでしょうか。
宇田川:「そうですね。唯一ピッチの中で試合に携われるのは選手と審判だけです。審判をやっているからこそ見れる景色がそこにはあります。選手たちの息遣いや選手同士の『バチッ』という接触音まで。我々にだけ許された一番の特等席だと思いますね。また、選手、審判、観客の全ての人々が同じ共通理解のもとサッカーを楽しむことが出来れば、また新たな空気感が競技場に生まれるかもしれませんし、我々審判としても、より良いレフェリングを行おうという意気込みにも繋がると思います」
ーーこれからサッカー審判を目指すという方々に何かメッセージを伝えるとするならば、どのようなことを伝えたいですか。
宇田川:「一つはサッカー選手としての経験は侮れないということです。やはり、審判が向き合う相手である選手たちの心理を理解出来るのと、理解出来ないのとでは、大きな差があると思っています。もちろん、若い頃から審判一本に絞り、数々の経験を積んでいくことで圧倒的なスキルを獲得出来るというメリットもあります。ですが、サッカーは人間同士が行うスポーツであり、ミスが付き物のスポーツでもある。だからこそ、コミュニケーションが大事であり、選手たちの心境などをより分かった方が、審判としての引き出しが増えるのかなと思います」
ーーコミュニケーションの引き出しですか。
宇田川:「そうです。たとえば、今は手軽にサッカーを見ることが出来て色々な審判員を観察出来ますが、憧れの審判に対して端的な真似はしてほしくないと思っています。たとえば、選手たちとのコミュニケーション一つ取っても、それまでの過程で生まれた選手と審判の関係性があって、そのコミュニケーションが可能になっているケースもある。ポジショニングや動き方も、年齢や経験によってそれぞれの方法は違ってきます。だからこそ、そういった背景まで目を向け、その過程を研究することが出来れば、確実に自分のモノになると思います」
仕事と審判を両立する意義を噛みしめながら、一つずつ積み重ねていく
ーー宇田川氏は本業と審判を両立されていますが、両立するうえでの意義についてはどのようにお考えでしょうか。
宇田川:「大きな意義を感じています。本業で様々な背景を持った方々と接し、仕事を共にするからこそ、審判としていざピッチに立ったとき、より安定した精神で笛を吹き、選手たちとコミュニケーションを図ることが出来ています。また、その一方で、これまで審判として邁進してきた中で習慣となった『困った人がいたら助ける』というリスペクトの精神を仕事の面で活かすことが出来ています。こういった、仕事と審判を両立する意義を噛みしめながら、一つずつ積み重ねていきたいと思っています」
ーーありがとうございます。それでは最後に今後の目標をお聞かせください。
宇田川:「まずは一つ一つのジャッジを丁寧にする。一試合一試合をしっかりコントロールする。選手たちがストレスを抱えないように、怪我無く無事に試合を終えれるように、丁寧に試合を運んでいく。これらを積み重ねることによって、後々の成長やカテゴリーアップに繋がると思うので、しっかりと目の前の試合を取りこぼしのないように、取り組んでいきます」
ーー本日はありがとうございました。今後の益々のご活躍を応援しております!