今回サッカー審判.com NAVIでは、「1級審判員」としてJFL(日本フットボールリーグ)や高校プレミアリーグなど全国レベルの大会を中心に活躍する 中村 一貴氏にインタビューをさせて頂いた。
中村氏は高校にて現役選手を引退し、その後、審判としての道を歩み始めた。そして「大学卒業時に1級審判員になるための人生設計を行った」と話すように、全ては審判になる為に、並みならぬ努力を経て、自身の目標を達成させた。
現在、JFA(日本サッカー協会)には261,149名の審判員が登録されており、そのうち1級審判員の資格を取得している者はわずか「215名」。(2021年4月1日時点/日本サッカー協会HPより引用)そして、その中の多くが審判とは別の「本業」を持ち、その互いを掛け合わせながら活動している現状だ。今回のインタビューでは、中村氏が1級審判員を取得するまでの過程や、本業を持ちながらも活動を続ける審判員としての日常を聞かせて頂いた。審判員としての将来を描く人たちや、現在審判員として邁進する人たちに、様々な角度からその視座を届けられればと思う。
「サッカーに携わりたい」と審判を目指した大学時代
──現在1級審判員として活躍されている中村氏ですが、「サッカー審判」という選択肢を選んだのには、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
中村:「小学5年生の頃に仲の良かった友達がやっていたということで僕もサッカーを始めました。そこから中学と高校でも同じくサッカーを続けるんですが、進学した高校は全国大会出場経験のある北海道でも強い公立高校で、僕はほとんど試合に出場することができなかったんです。そこでプレイヤーとしての自身のポテンシャルに見切りをつけて、大学ではサッカーをしないことを決めました。
ただ、大学に入学し、1年間サッカーもせずにただ漠然と生活していると、どんどんサッカーが恋しくなってきて。そこで審判を始めてみようと思ったんです」
──その当時から「審判として」の意気込みがあったんですか?
中村:「当時は本気で進もうというよりかは、高校教員を目指していたこともあって、3級審判員資格を既に持っていたんです。なので、その延長線上で2級審判員資格を取れたらいいなと比較的軽い気持ちでしたね。でも、審判としての活動を徐々にスタートさせてからは審判の魅力といいますか、言葉でうまく表現は出来ないですが、『こんな世界もあるんだ』と、審判の世界に惹かれ、本気で目指してもいいのかなと考え始めました。そこから、1級審判員資格を取得するという目標を設定したうえで、審判としてのキャリアを考えてみようとアクションを起こし始めましたね」
──実際にどのようなアクションを起こされたんですか?
中村:「これまでサッカーをやってきたとはいえ、サッカーの競技規則に関して再び勉強する必要がありました。なので、まずはルールブックの一言一句を読むことから始め、他には試合が行われている現場に足を運んで、審判員の方々がどのような動きをしているのか分析をしたり、先輩の方々に話を伺って、とにかく審判としての知識を学ぼうと試行錯誤を繰り返しました。何より当時の僕には、知識不足過ぎるが故に学ぶという選択肢しか残ってませんでしたから、必死に学ぶことだけを考えていました」
──ゼロから必死に学び獲得した知識を実践に移されていったのですね。
中村:「小学生の試合から大学生の試合まで様々なカテゴリーの試合を担当させて頂きましたし、練習試合があれば監督や先生方にお願いして、笛を吹かせて頂き自身の経験を積み上げていきました。僕はもともと審判を目指した人間ではないので、その人たちに追いつこうと必死でしたね」
──審判員としての経験を積まれながら大学生活を送られたということですが、その後の就職活動においても、審判活動を主軸に置いたうえでの就職活動だったのでしょうか。
中村:「2つの条件を設定し就職活動を行いました。1つ目は、審判としての活動を土日に行うことになるので、土日が休みであること。そしてもう1つは、僕の恩師や同じ志を持つ方々のいる地元北海道の企業に就職するということです。これまで、北海道で多くの方々と出会い、その方々が僕を導いてくれたので、仮にここで僕が他府県に行けば、またゼロからのスタートになってしまう。まだまだその方々から学ぶべきことがあると感じていたので、この2点を条件に就職活動を行い、就職することが出来ました」
社会人3年目に「1級審判員」を取得
──社会人3年目に晴れて1級審判員資格を取得されたということですが、並大抵の苦労ではなかったと思います。
中村:「1級審判員の試験は人生で3回しか受けることが出来ません。結果的に1回目で合格することが出来ましたが、僕は1級審判員になるための人生設計をしていたので、なれなかった時のことを考えると本当に恐怖でしたし、血の滲む努力をしていた先輩方の姿を見てきました。そういった意味でも、自分との戦いであり、不安との戦いでしたね」
──そのような必死の努力を経て1級審判員を取得された時は格別な想いがあったのではないでしょうか。
中村:「一番大きな目標が叶ったのでもちろん嬉しかったです。ただ、そこからはまた新たな壁と、新たな到達すべき目標が次から次へと現れる感覚でしたね。
1級審判員に合格した当時、『2級審判員は5試合のうち1試合でも良いジャッジが出来ればそれで良し。1級審判員は5試合のうち1試合でも良いジャッジが出来なければそれは失格だ』と恩師に言われたんです。1級審判員としての責任感とプレッシャーが一気にのしかかりました」
「本業×審判」中村氏が感じる複業のメリットとは
──中村氏は本業でも活躍されながら、審判員としての活動にも注力されています。近年でこそ、「副業」や「複業」を選択するビジネスマンが多く増えていますが、中村氏はこれらの両立について、どのように捉えていますか。
中村:「結果的に良かったと感じる部分が多いですね。会社員なので、“ある程度の頑張りである程度のお給料が頂ける”と思ってしまいがちな傾向がありますが、僕は審判として頑張っていきたいからこそ、本業にも100%で取り組みましたし、自分で言うのもなんですが、誰よりも一生懸命に取り組んでいるという自信があります」
──審判としてのキャリアを構築していきたいからこそ、本業を行う自身にも高い要求を課すのですね。
中村:「そうです。例えば全国大会などで審判をするためには数日間審判活動に集中しなくてはならないので、会社から有給やまとまった休みを頂く必要があります。なので、審判活動をより頑張るために、日頃から会社に貢献し、会社の同僚や上司から信頼や信用を貯蓄しておかなくてはいけないのです。だからこそ、日常から人一倍頑張れますし、その意識のおかげで、総合的に充実したキャリアを築けていると実感していますね」
──その一方で、審判として高めてきた資質が本業に臨む自身にメリットをもたらしている部分はありますか。
中村:「もちろんあります。僕にはまだまだ至らないところがありますが、審判を目指そうと思ったが故に多くの方々と出会い、その度に人間性を正してもらい、謙虚さや素直さを育んできました。審判という仕事が僕を正してくれた感覚ですね。審判として育んだ能力は世間で十分に通用するという実感がありますし、審判の道で自身を磨いてきて良かったと心底感じています」
審判は選手に何かを与えることは出来ない
──現在、中村氏はどういった試合を主に担当されているのでしょうか。
中村:「今はJFLの副審や高校のプレミアリーグ。インターハイの全国大会や全国地域サッカーチャンピオンズリーグなど、全国大会レベルの試合に割当たるケースが多いです」
──試合のレベルが高まるにつれて試合の関心度が高まり、関心度が高まることによって審判に対するプレッシャーも大きくなると思われますが、そのなかでも中村氏はどのような意識を持って臨んでいますか。
中村:「意識としては『自分の持っている以上の能力は発揮できない』という意識を持って臨んでいます。どういうことかと言うと、僕たち審判は選手に対してプラスアルファを与えることが出来ないんです。あくまでも、審判として選手たちに出来ることは、潤滑な試合進行をすることであって、選手たちに何かを与えるられる訳ではありません。
試合に出場する選手たちは真剣勝負なので感情が出たりもしますが、審判としては冷静かつ正確に。なおかつ、少しでもミスを軽減できるように神経を尖らせています」
──VAR(ビデオアシスタントレフェリー)の本格導入により、審判に求められる資質にも変化が生じていると思いますが、中村氏はこの環境の変化をどのように捉えていますか。
中村:「僕はVARの担当ではないので、テクニカルな部分は分からないですが、観客や選手たちのモヤモヤが払拭されるという点ではすごく効果的だと感じています。ただ、審判としては、試合中に自分の目で見て下した決断を映像を見ることによって事後的に変える可能性がある。その時のメンタルの保ち方は簡単ではないと思いますね。
例えば一度PKだと判断したものを映像を見た後に『やっぱり違った』と言わなくてはいけない。ジャッジを変えるという作業に順応出来るだけのメンタルを持ち合わせていないと、上手く試合は進行出来ないだろうし、ジャッジの変更という1つの取っ掛かりを抱えたまま、どのようにメンタルマネジメントを行うのかが大事だと思います」
──VARの導入もあって審判に対する興味関心が加速し、特にSNSを中心とした発信や企画などが影響し審判を目指す人たちも増加傾向にあります。この傾向についてどのようにお考えですか。
中村:「若い人たちが入ってくることは素晴らしいですし、とても良い流れだと思います。ただ、若い人たちが入ってくるということは競争が激しくなるということなので、これまでよりも審判として上に登っていくことは難しくなりますね。
また、個人的には選手として出来るうちは最後まで出し切ってほしいという想いがあります。僕自身は選手として全力で打ち込んで来たからこそ、今の人生を歩めているので、選手が出来る限りは選手としての人生を楽しんでほしいとも思いますね。
何にせよ今の傾向はとても有り難く良いことだと思います」
──中村氏自身は、審判としての今後のキャリアをどのように歩んでいこうとお考えですか。
中村:「もともとは上を目指すためにパフォーマンスを発揮しようという意識があったんですが、そのような意気込みで笛を吹いていても全然駄目だということが分かりました。何故なら試合は審判のためのものではないからです。やっぱり試合は選手や観客のためであり、だからこそ、僕は審判としてのスキルももちろんですが、人間性の部分をより磨き、選手たちのパフォーマンスを最大限に引き出したいです。そして、観客の方々に楽しい試合を提供するという意識で審判として取り組んでいきたいです」
──ありがとうございます。それでは最後に中村氏の今後の意気込みをお聞かせください。
中村:「審判としては『迷いを見せない強さ』を持ち合わせた審判になりたいです。強く見せるだとか、文句を言われても動じないだとか、見せかけの強さではなくて、人間的な強さを磨いていきたいです。そして、選手やチーム、観客の方々が試合を存分に楽しめるように務めていきたいです。
また、『本職×審判』としての相乗効果をもたらし、副業・複業時代を象徴するような会社員になりたいです」
──貴重なご意見ありがとうございました!今後のご活躍を応援しています。